鳴滝

鳴滝

 菅生村用鄕谷の水の流下して、別所に下る處に鳴瀧の奇勝あり。瀑布は三段となりて落下す。高五丈幅十尺、老樹の森然たる中に一條の白布を瀑せるは一入の眺にして、晩秋紅葉の時季に於ける景觀は最も絶佳なり。此地もと人跡稀なる處にして、世人に知られざりしが、明治四十五年用鄕國有林伐木に際し、新見小林區署は用材・薪炭等運搬のため林道を開鑿して、瀑布の側方を通ず。所謂七曲りの峻坂これなり。この道開くるや、この瀑布の壯觀世人に知られ、今や杖を曳く人多し。この瀑布を一に牛仙の瀧と言ふ。山田方谷先生甞て菅生西谷に至られし時、此の地に遊ばれ寓意の詩あり。 「阿哲郡誌抜粋」

 ○雨雲が谷の入口を深くとざし、暗い密林が山のいただきをおおうている。たまたま、一樵夫のあんないを得て、山中の瀑を一見するために登っていった。飛沫をあげる奔流は巌によって三段になっていた。私は攀じ登って中断にたどりついて、巌の一角に立った。上段も下段も雲のかかった樹木におおわれて、その全容を見ることができないのが残念である。樵夫は私の様子を見て、いぶかり問うた。私はこの山すその村に住んで、もう六十年になります。しかしまだここを訪れた人間を一人も知りません。
「山田方谷の詩」宮原信氏 著  明徳出版社から

●郡誌には山田方谷先生が鳴滝を訪れていることが記載されている。
七曲がりの林道を造り薪炭等を搬出していたことは、如何に阿哲郡(当時)が、薪炭等の産地であったかが伺える。
この林道は石垣造りでもあり、これ自体近代化遺産と言えるかもしれない。


 所在地:新見市菅生用郷
種別:滝
主な保護体制:国有林内・備作山地県立自然公園特別地域

「自然 歴史 文化」
・陽明学者山田方谷が訪れ詩を読んでいる。
・明治45年営林署が石垣造りの林道を開削している。

参考
山田方谷:江戸時代後期備中松山藩で活躍した陽明学者、方谷氏の母「梶」さんは小阪部(西谷家)の出身。


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